「狼には気をつけて」文庫版
遠藤淑子。私が大好きな漫画家のひとり。
川原泉や桑田乃梨子と同期と言われれば判る人には判るとおり、恋愛色が薄くて絵も”味がある”系。だがこの人が本当に味があるのは、実は話の方だったりするのだ。
- 作者: 遠藤淑子
- 出版社/メーカー: 白泉社
- 発売日: 2008/09/12
- メディア: 文庫
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主人公は、大富豪の一族に生まれワケアリで父の代わりに会社を切り盛りする天才少女アレクと、ひょんなことから彼女のボディガードとして雇われることになった元警官の探偵フォレスト。こう書くと実にありきたりでベタな設定。でもその心情と魂のあり方は実に繊細だ。
今までの彼女の漫画のコンビと言えば、貧乏小国の王女と新米執務官、館の未亡人と執事など。だから奔放な女性と尻ぬぐいに走り回る男性、というパターンとしては今までと変わらないのだけど、「マダムとミスター」あたりから、だんだんとその人物描写がシビアというか、それぞれの人物がそれぞれに悩みや苦しみを抱えていると言うことをきっちりと描くようになってきた気がしている。定評のある軽妙な台詞回しは、登場人物達にとって、傷を隠して生きるための方便なのだと、あらためて思い知らされる。
その、コメディとシリアスのバランスが、私にとって(今のところ)一番好みなのがこの連作集だったりする。
アレクはただ天才少女だから大人っぽい言動をするのではない。父の健康が損なわれたことで、彼女は子供ではいられなくなってしまった。子供ではいられないけれど、まだ子供。
フォレストは一応大人ではあるが、警官時代の話にしても、アレクへの対応にしても、どこか少年っぽい傷と繊細さを持ったままで生きている印象がある。
ふたりの傷は、それぞれ自身のものだから、共有することも、共闘することも出来ない。フォレストの警官時代の話を聞いた後、アレクはいう。「私 理系だから よくわかんないわ」
だが、わかんないわと言ってやるその思いやりのようなものが、たぶんフォレストにいちばん通じる──このふたりの絆は、きっと、そういう何かなのだ。
第2話。
アレクが狙われた事件が意外な犯人の逮捕で終了したとき、彼女の心情を気遣う(?)フォレストに対して彼女は「こんなことで傷ついてるほど子供じゃない」「普通の子供を演じるなんて普通じゃない もう戻れない」と醒めた目で独白する。フォレストは言う。「何悟ったようなこといってんだ お前はただのガキでいいんだよ」それに対して、アレクはにこりと笑う。「そうね、(誕生日の)プレゼントが貰えなくなって残念!」
だがその後、深夜にアレクはフォレストに電話をかけるのだ。
たたき起こされ不機嫌に何の用だと聞くフォレストに、アレクは答える。「今日私の誕生日なの 11歳になったのよ」その、電話の場。彼女は豪華な部屋にひとりきりだ。
ベッドから顔を起こし、上を見上げるフォレスト。「今いる部屋から空が見えるか?」「見えるわ」「月が出てるだろう」「うん満月よ」アレクもまた、大きな窓から月を見上げる。
「やるよ バースデイプレゼントだ」
このふたりのつながりを象徴している名シーンだと思う。ぜひ、実際にこの話を読んでいただきたい。このシーンの前に何があったのかを見て、遠藤淑子がこのシーンにこめた微妙な何かを、こんな文章では伝えられない何かを感じていただきたい。
そして、この洒脱なほろ苦さを楽しんでいただけたら嬉しいなと、地味で人目に止まりにくいけれど実に渋いこの漫画家を、少しでも知っていただけたら嬉しいなと、切に思う。